「玄関をはくと、心が整うのはなぜ?」
こんにちは、ゆーゆーです。
日々のなにげない習慣に、じつは大きな力があるのでは?
そんな気づきを“ゆるやかな科学”として綴るシリーズ、第3話です。
今回のテーマは、「玄関をはくこと」。
若いころは面倒くさいと感じていたこの行為が、
年を重ねたいま、心を整えるひとときになっている。
そんなお話です。
不思議ですね。ただ掃除するだけなのに
ただ掃除するという行為が、どうしてこんなにも心に効くのか。
これは、僕自身が体験してきた小さな不思議です。
ある朝のこと。
気がつけば、僕は丁寧に玄関の床を、箒で隅から隅まではいていました。
ただ石ころを外に出すという行為だけを、
まるで祈るように、無心で続けていたのです。
「はく」という行為が、瞑想に似ていた
それは、瞑想に近い心境でした。
静かに、淡々と足元を整える。
外の世界を掃きながら、自分の内側まで静まっていくような感覚。
誰かに言われたわけでもなく、見せるためでもなく、
ただ自然と出た行為でした。
それが、いつのまにか習慣になっていたのです。
昔の自分なら「面倒くさい」と思っていた
小さな習慣にしようと決めたわけではありません。
若いころの僕なら、玄関をはくなんて「面倒くさい」と感じていたはずです。
けれど、年を重ねるうちに変わってきたんですね。
足元が整うと、心が落ち着く。
ほんの少し掃く時間が、自分を整える時間になっていました。
年を重ねるって、ステキなこと
年を重ねるって、ステキなことですね。
知らないうちに、面倒だったことが、心地よい習慣になっていた。
そんな変化もまた、“ゆるやかな科学”のひとつかもしれません。
🧹
※この内容はnoteでも連載中の「ゆる科学シリーズ」の一部です。
次回の「無理をしない」も、心が喜ぶようなテーマになりそうです。
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